ただの地下鉄直通車ではない 近鉄3200系という電車

 この記事には著者の個人的な考察が含まれます。

京都市営地下鉄直通スペシャル、3200系。


近鉄3200系は京都市営地下鉄への直通用車両として生まれました。
当然ながら、他の近鉄一般車と共通する部分が多く、近鉄一般車の「地下鉄直通スペシャルバージョン」といった感じです。
しかし、前後の時系列や3200系が負った役目を考えると、近鉄が如何にこの車両に対して力を入れたが見えてきます。


本来の活躍ができなかった先輩、3000系。

3000系の写真は手持ちがなかったため、友人よりお借りしました。

3200系の事を語るには、やはり3000系について話さなければなりません。
3000系は京都市営地下鉄への直通を見込んで1979年に製造されます。電機子チョッパ制御や、近鉄唯一のステンレス製車体を採用した、試作的要素の強い車両です。
一方乗り入れ相手の京都市交通局は、烏丸線開業へ向けて1980年に10系を製造します。
元々は地下鉄開業直後に直通を開始する予定であったのですが、用地の取得に難航し81年5月に北大路-京都間が先行して開業。近鉄との接続駅である竹田の開業は88年6月まで待たなければなりません。この7年のギャップが3200系を生むこととなります。

これにより、地下鉄直通用として生まれたはずの3000系は本来の活躍ができなくなってしまいます。
3000系の特徴である電機子チョッパ制御は、制御器からの発熱を抑えたい地下線内での運用には持って来い。もう一つの特徴である電気指令式ブレーキも、固定編成を組むことが前提となる地下鉄直通運用だからこそ搭載が可能となったものです。
後に3000系はこれらの装備が交換され、他の一般車と共通の運用が行えるようになっています。


電機子チョッパ制御を本格採用しなかった近鉄、次世代の制御方式へ。

1984年、近鉄は1420系を登場させます(登場時は1250系)。こちらは当時新造していた1200系と同じ車体を持ち、何の変哲もない車両のように見えますがその実、近鉄初にして日本の直流1500V用初のVVVFインバーター制御車です。

前の2両が1420系。こちらの写真も友人よりお借りしました。

この1420系は試作車としての要素が強く、1編成2両のみの製造となりました。
近鉄はこの車両の試験から、VVVFインバータ制御実用化への目処を立て、次世代の制御方式としてこれを早い段階から積極的に採用してゆくことになります。

そしてこのVVVFインバータ制御の実用化こそが、前述の京都市営地下鉄開業から直通開始までの7年の間にあった大きな出来事なのです。


かなり意欲的な車両となった3200系


実は1420系の登場後、近鉄最初の量産型VVVF車として登場したのが3200系なのです。
3200系の登場は86年1月。同じ年に標準型の6400系が登場していますが、こちらは2か月後の3月登場です。

1220系等の標準型VVVF車の第一弾となった6400系。
側面デザインや内装デザインに3200系との共通性を見ることができます。

近鉄VVVF車の標準として多数製造された前後対称で直線的な側面デザインや、特徴的な形状の肘掛をもつ内装デザインなどは、3200系から始まったのでした。
そして、皆さんお馴染みのマルーンレッドとシルキーホワイトのツートンカラーも3200系が最初です。

3200系から採用された内装デザイン。

ルックスも技術面もかなり意欲的な車両として登場した3000系と3200系。どちらも京都市営地下鉄への直通用として登場しましたが、やはり近鉄にとって京都の街の中心部へ乗り入れるということは、京都市民に近鉄の存在をアピールする絶好のチャンスだと捉えていたのではないでしょうか。


そして21世紀へ


21世紀を前にした近鉄は、「人にやさしい・地球にやさしい」をテーマにシリーズ21という車両群の製造を開始します。
デザインを一新した新世代車両であるシリーズ21の第一弾も、やはり京都市営地下鉄直通用車両である3220系でした。

近鉄は京都市営地下鉄へ乗り入れることを特別なことと考え、常に同社最新の車両を用意してきたのではないでしょうか。


次に近鉄の次世代型通勤車両が姿を現すとき、また京都線に新たな風が吹くのでしょうか。


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